館内のお知らせ・女将の便り

東日本大震災

<宮城県 昔ながらに茶色く濁った:薬湯 鎌先温泉 にごり湯の宿 湯守木村屋でございます>

2011年3月11日午後2時46分に東日本大震災が起きました。

↓採光を変えて撮影しています。

 

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当日は金曜日で当館では多数のお客様をお迎えする準備の最中でした。

(この時間帯はお昼の休憩時間ですが館内にはスタッフやお日帰りのお客様が30名ほど残っていました。)

鎌先温泉でもその時、2度の烈震で周囲の山々がゴーッと地の底からとどろく様な音を響かせて大きく揺れ、鉄筋の建物が今にも倒壊するのではないか、ついに終わりがきたのかと思う様な出来事でした。

半日程度は携帯電話も繋がりました。 以降は電話も電気も(市の水道は出ていました。)一切使えない状況になりましたが、幸いにも当館は大事に至らず、「1日~2日は停電が続くかもしれない。」とあまり深刻に考えないまでも 夫やスタッフが使い捨てのホッカイロやカセットボンベや電池をもしもの時のために買っておこうと白石市内に出かけていきました。

私は夕方になっても帰ってこない夫やスタッフを待ってフロントに立っていました。

その時はすでに電気が通っていませんからテレビもパソコンも使えない状況下にありました。

夕日が差し込むフロントで携帯ラジオのザーザーする音声の向こうでアナウンサーが「○○川が遡上しています。 こんな風景は初めてです」。。。。。?

遡上(そじょう)って何?  海に近い川だから? 私はその程度でした。

その頃は海岸地域では大変な事になっていたとは知る由もありませんでした。

震災後しばらくは東北地方では海岸地域の津波の映像が流れる事は殆どありませんでした。

(被災者や救護に当たった方々のPTSDに対する配慮からでした。)

 

5年目になってようやく特番などでその状況が流れるようになり、なんと自分はあの時、無知で愚かだったのかとはっきりと思い知らされました。その時の惨状と震災の怖さの実感がなかったのです。

5年経ってようやく被災者の苦しみと悲しみが胸を押しつぶすまでに理解できるようになりました。

外国や日本の遠い地域でTVニュースやインターネットでその日のうちに津波の光景をご覧になった方々はそのすさまじさに驚かれたと思いますが、恥ずかしながら道路が寸断されたり、一般道路のマンホールが飛び出したりして外出できなかった事もあり市内の倒壊状況をすら(家屋の瓦や壁が崩れ落ちたりしていました。)知ったのは10日ほど過ぎてからではなかったでしょうか?

今になるまで福島の原子力発電所の状況が当時、東日本崩壊につながるのではないかと思われるほど深刻な状況になっていたとは誰も知らされてはいませんでした。

その地域の方々は当日を境に苦境に立たされ続け大変なご苦労の中にあり現在に至っています。

 

今、現在東北はまだまだ復興には至っておりません。

震災直後は仙台市内の道路上に着の身 着のまま避難された方々が座り込んでいる御姿もあったと聞いております。

今後はこのような震災が再び起こらないとは断言できません。だからこそ、お互いに震災にそなえて準備を怠らず、ダメージの大きい被災者の方々には優しく心を寄せてほしいと心から願うばかりです。

何といっても「明日は我が身」なのですから。。。。。

 

 

鎌先温泉 にごり湯の宿 湯守木村屋スタッフ一同&館主&女将

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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